実力が全ての社会

小学生以来の筋金入りの熱心な読者で、いい年こいて未だに週刊少年ジャンプを買ってます。旅行や出張でジャンプが手に入らない期間は同僚に買っておいて貰うくらいオタクです。

そんな私にとって、海外に行くということは長らく『週刊誌との別れ』を意味していました。厳密に言えば海外の書店にも一週間ほど遅れでジャンプは届くのですが、定価の何倍もするそれを買うことを懐事情が許すわけがありません。帰国してジャンプを手に取る頃には大好きな連載はとっくに終わっており、知らない漫画ばかりが載っていて寂しい思いをしたものです。仲が良かった友達が、私のことをすっかり忘れていた、大袈裟かもしれませんがそれくらいのショックを毎回味わっていました。

それが今回は違いました。私がイギリスに来た頃にジャンプの電子化が始まったのです。サービス開始と同時に購読申し込みをしました。

読み始めてしばらくして、紙のジャンプとは時々内容が異なることに気づきました。巻末に読み切り(一話完結形式の短編漫画)があるのです。明らかに普通の読み切りとは肌合いが異なるそれが、これまでと違ったルートで掲載されていることが分かりました。

ジャンプのアプリには漫画を読む機能に加えて、投稿する機能もあります。誰でも自身の描いた漫画を投稿できるのです。ジャンプに漫画を載せたいと思った場合、これまでは賞に応募するか、編集部に原本を持ち込んで編集者に読んでもらい気に入ってもらう必要がありました。それが、アプリに原稿をアップロードするだけでよくなったのです。アップロード後は誰でも読めて、コメントや評価をつけることが出来ます。これは編集者にとっても良い仕組みです。既に一定の評価を得ている作品から選べるのですから。

同じようなことは様々なウェブサービスで起こっています。Pixivという画像投稿サービスに投稿した漫画がそのまま単行本化されたり、Youtubeにアップロードした曲が流通に乗ったりと、普通の人の作品が日の目を見る機会が多くなってきました。

これまでは才能があるかという問題以前に、『プロになりたい』と望む人にしか門戸は開かれていませんでした。今ではそんなことを思わない人にもチャンスが平等にあります。消費者の立場からすれば歓迎すべきことです。より質の高い作品を鑑賞することが出来るかもしれないですから。ただ、サービスの提供側からすると困った事態になったとも言えます。

現在はまだこの流れがクリエイティブ分野に留まっているため、影響がないように思えますが、この潮流はいずれ全産業に及ぶと私は考えています。

私はこれまで実力というよりもその他の分野でうまくやってきた自覚があります。大卒ではなく高卒での就職、一般入試ではなくAO入試、求人環境が改善するまで待ってからの転職、フルブライト奨学金ではなく一企業の私設奨学金…。いつも競争が少ないところ、需給バランスが崩れたところを狙って行動してきました。子育てを放棄した分を貯金に回し、夫と二人で企業年金を積み立てまくり高い年金を貰おうとしていることもそうですね。昔から、楽することばかり考えてきました。

おかげで実力がついた気があまりしません。将来、ウェブのような単一プラットフォームで勝負させられることになったら確実に負けてしまうでしょう。単一市場に需給の歪みはほぼ存在しないため、私の強みが掻き消されてしまうからです。会社にいると、中身がなくてもゴマスリや相手のやりたいことを見せることで物事が通ってしまうことはままあるので、尚更実力を磨く機会は失われていきます。よっぽど気をつけていないと只の茶坊主で終わってしまいそうです。

そう戒めたところで、骨の髄まで手を抜くことが染み付いた私に効果はなさそうですが…覚えておこうと思います。いずれは実力が全ての世の中になりますよ、と。