毎日更新停止のお知らせ

1日に1回更新することを心がけてきた当ブログですが、書きたいことが無くなってきたため今後は更新を停止致します。また書きたいことが浮かんだら書くかもしれません。

これまでご愛読いただきまして、心から感謝しております。

 

挨拶だけでは短いので、イギリスに来て良かったことを最後に書いておこうと思います。便秘が治ったことです。

女性の御多分に漏れず、私も長年便秘には悩まされていたのですが綺麗に治りました。

おそらく硬水だったのが良かったのだと思います。イギリスは面白い国で、北部が軟水、南部が硬水という土地柄です。なのでミネラルウォーターはどちらのタイプも売っているのですが、軟水を買ってしばらくするとまた便秘になったので、原因はほぼ水質だと考えられます。幸い日本でも硬水は手に入るので、上手に摂ってうまく快便生活に繋げていきたいところです。

また、イギリスは食事が非常に不味いため、食欲が湧かなかったのも良かったのだと思います。食事は健康維持のためと割り切ったため、パスタかパン、鶏肉のおかず、サラダ、フルーツを1日1食、大体決まった時間に作業のように摂り続けていました。日本では間食も多かったですし、食べ歩きで5食ぐらい摂る暴飲暴食に近い日もあり、時間も不規則でした。健康的な生活習慣の大切さが身に染みました。毎日同じようなものを食べるのは精神的にかなりキツかったですけど。

この1年間で便秘との付き合い方が分かってきたので、今後も体の機嫌を取りながら頑張っていきたいと思います。

喜ばれないお土産を買う虚しさ

10年以上の結婚生活の中で、義両親には数えるほどしか会った事がありません。夫が彼らを訪ねた回数もどっこいどっこいなので、特別私が嫌われているというよりは、極端に他人と会うのを厭う性格のためらしいです。そのため、彼らが私と会うのは転職等の何か報告すべき事がある場合に限られます。

今回留学する際に祝い金を頂いたので、土産を買って帰りました。毎回義両親への贈り物には悩みます。老人は欲しいものは大体持っているので、物を贈ったところで喜びはしません。笑顔で受け取って処分してくれれば良いのですが、気に入らなければ何だかんだ理由をつけて送り返してきます。こちらも別に自分で使うつもりで選んだわけではないので途方に暮れるというサイクルを繰り返しているのです。

何もくれなくて良いから、というのが彼らの本心であることはこのことから充分よく分かっています。私も誰かからプレゼントを貰うと、喜びよりも趣味の合わないものを押し付けられる不快感が上回る方なので。

しかしながら、何も貰えないとそれはそれで腹が立つんですよね、私の場合。なので、何か頂いた場合には必ずお返しをすることにしています。内心、「お返しせにゃならんから、頼むから何もくれるな!」と思うのですが、そこは礼儀を重んじる義両親のことです、遺漏なく無視できない額を包んできます。かくして、礼を尽くすために互いが不愉快な思いをする誰も得しない悪循環が生まれるわけです。

そんなことを愚痴っても、お祝いを丸ごと懐に入れたままでは気持ちが悪いので土産を持参しました。義父にはジャケットのポケットに収まるサイズの折りたたみ傘とアイリッシュウィスキー、義母にはパシュミナストールです。どちらも日本未発売の英国メーカーのものです。案の定イヤイヤされましたが、営業マンさながらにプレゼンして受け取ってもらいました。特に、極小サイズの折りたたみ傘の構造には二人とも惹かれたらしく感心していたので、気に入ってもらえたのでしょう…多分。

いつか腹を割って、虚礼の遣り取りを廃した関係に持っていきたいものです。

ちなみに夫との間では礼儀もへったくれもないので、お土産は夫の好きなキャラクターを模ったグミ1袋だけです。200円。

母にはどうか内密に

親戚と話していると相談事をよく受けます。そして「このことは母には内緒にしてね」と決まって最後に口止めされます。何となく心が暗くなる言葉です。

母は大変な見栄っ張りで、下だと判断した相手には非常に失礼な態度を取ります。母は立派な子どもを育てたこと(あくまで彼女の自己評価です)、子どもの配偶者を自慢にしています。特に私の夫はエリートなのでお気に入りです。誰かに会えば子どもの自慢話をしているので、特に親戚との仲は悪いです。義弟の両親にも散々自慢したため、初回から嫌われています。自慢だけなら可愛いものですが、他人の学歴や職業を貶すので、それがますます周りを辟易させるのです。誰かの弱点を見つけると攻撃せずにはいられず、そのために親戚は母には極力何も話さないようにしています。

私の場合だと、こんなことがありました。

学生時代に付き合っている人がいました。付き合っていると言っても、オススメの本を紹介しあったり、夜中にこっそり電話する程度の、手も繋がない幼い恋でした。母の性格は熟知していたので付き合っていることは話さなかったのですが、子どものやることですからいつかはバレます。詰め寄る母に簡単に人となりを紹介したところ、たまたまその人は東大の合格者も多い中高一貫校に通っていたため、母は満足し、話はそこで終わるはずでした。

ある日自室でのんびりしていると、母が鬼の形相で入ってき、『あんたのボーイフレンドの家に行ったけど、障碍者がいた。頭はいいんだろうけど悪い血が混じってるのは良くない』と言い放ちました。いやいやいや、あんたのお子さん自身が障碍者なんで遺伝もクソもないんですが…と咄嗟に反論しかけましたが、「あ、終わったな」と悟ったので何も言いませんでした。

数日して彼から別れを告げられました。当たり前でしょう、知らないオバさんが急に家に押しかけてきて、家族を指差して『汚らわしい血、障碍者』とわめいたのですから。親御さんだってそんなキチガイの家と関わらせたくはないはずです。そうして短い恋は儚く散りました。

今でも母が『あそこの家はどうこう』『あなたが子どもを産めば、妹の子どもよりずっと優秀な子が生まれるのに(こんなことをツラっと言うので、妹と私の仲まで冷えます)』等と宣う度に耳を塞ぎたくなります。私も気が強いので、「そうだね、私の子どもは知的障碍だろうから、大学なんて行けないし就職も出来ないね。姪ちゃんとは将来の確かさが段違いだよね」「私の子どもが障碍者でも、私の時みたいに”なかったこと”にはしないでね、私が真人間になってから他人に紹介し始めたけど、『ひとりっ子』って設定にしてたから、急にでかい子どもが増えて皆絶句してたじゃん。恥ずかしかったなー、あれ。もう恥かきたくないから、ちゃんと知り合い全員に障碍者の孫が出来ましたって言ってね。言わなくても私が言いふらしてあげるから」と言ったら、今度は母が耳を塞いでました。いやー、大人になるって愉快ですね。

【読書感想文】酒鬼薔薇聖斗の手記

私は犯罪者をモチーフにした映画が好きで、これまで『キャッチミーイフユーキャン』や『ウルフオブウォールストリート』(どちらもディカプリオ主演ですね)等を観てきました。これらの映画に出てくる詐欺師らが手記を書くなどして自身の犯歴を元手に出所後稼ぐことについても肯定的です。

でも、この手記については買う気が起きません。おそらく、私は犯罪者の頭の良さや常識の裏を掻く手腕に惹かれてこの手のものを愛好しているのであって、単なる芸のない殺人にはさしたる関心が持てないからだと思います。

とは言え、ゴシップ的な興味は掻き立てられたので、さわりだけ読んでみました。

彼は私と同年代ですが、30代の人間にしては余りに幼稚な精神性にビックリしました。事件当時の声明文と何ら変わるところのないレトリック、言葉の選び方…そして自己の特別性を信じて疑わない純粋さ。

未だに彼の人生のピークは事件当時なのだな、パッとしない自分(ありふれた非正規労働者)を手記を出すことで再び『特別な自分』にしたいのだろうな、そう感じずにはいられませんでした。残念ながら、刑に服することを通じて得たものはなかったようです。

殺人をこう表現してしまうのは気が引けますが、努力なしに彼の望む評価を得る経験をしてしまったことは、彼の人生に対する真摯さを根本的な部分で損なってしまったのだと思います。殺人にはある程度の適性が必要だとは思うのですが、殺すことそれ自体には大した技術も努力も要りません。しかしながら殺人が至上の禁忌である以上、社会は反応します。普通なら恥に思い、二度と今までの人生が戻ってこないことを悔いるところでしょうが、それが犯罪者であろうが何か特別な存在に憧れる者にとっては、人々の嫌悪は賞賛にしか映らないでしょう。暗いクラスメート、冴えない中年非正規労働者であるよりも殺人鬼である方が好ましいと考える理路は理解できます。

私は、自分自身を価値がない存在だと考えています。自身を価値がないと思っていた私は、他人も同様に価値がないと決めつけていました。虐められれば当たり前に相手の死や不幸を願い、相手の目を抉り延髄にバットを叩き込む妄想に溺れました。自殺を考えた際には、繁華街で殺せるだけ人を殺してから死のうと思っていました。実行を思い留まったのは、重大犯罪はほぼ確実にバレると知っていたことと、価値のない他人のために(他人よりは)価値のある自身の将来を損ねたくはなかったこと、未来に思いを馳せる余裕が多少はあったこと、それだけでした。

今、犯罪に走らない理由は、会社の不名誉になること、それは個人の不名誉より余程重大な問題であると感じていること、加えて夫や義両親に迷惑をかけないためです。若干理由が人間らしくなりましたね。手前味噌ですが、それなりに誠実に人生と向き合い、仕事を得て家庭を持ち、彼らを大事にするために努力を重ねた結果、「誰かは誰かにとって唯一無二の人なんだなぁ。他人の人生は私のと同じくらいドラマを孕んでいるんだなぁ」と何となく理解した結果です。

私が理解したことを20年前の私に言ったところで、何も響かないことは分かっています。経験なしに物事を芯から理解できるほど人間は賢くありませんし、人はそう簡単に誰かから学ぼうとは思いません。同様に、いくら私や社会が酒鬼薔薇聖斗氏に彼が損ねたものの大きさを説いても、彼には理解できないでしょう。これまでの日々の積み重ねは彼にとってただの時間の経過に過ぎなく、彼の心は常に事件当時にあるのですから。どんな教育も経験も、生かそうと思わない者のところへは届きません。

手記は間違いなく売れるでしょうし、そのことは彼を喜ばせ、ますます過去へ耽溺させる結果に終わるでしょう。おそらく彼は被害者の痛みを理解することもなく、地道に人生に立ち向かう価値も分からないまま生きていくのだと思います。また、彼と同様の幼稚な精神の持ち主は世の中にたくさんいるだろうと想像します。彼らのうちいくらかは『恐ろしく、理解できない』犯罪に手を染めることでしょう。残念ながらそれが現実です。どうすることも出来ません。深い徒労感と共に本屋を後にしました。

帰国後の語学力維持

私と夫は二人とも英米の学部・院を卒業しており、語学は達者な方です。しかしながら、私の語学力は現状維持出来ているものの、夫の語学力は下がってきています。理由は簡単、全く喋る機会がないからです。

私も似たようなもので、仕事上で英語を読むことはあれど話すことはありません。幸い、英語の個人研修が週2回あるため、入社以来受講することで維持を図ってきました。週2時間職場を抜けることが出来る程度には仕事が暇なのも助かっています。この研修がなければ、私もそのうち全く喋れなくなっていることでしょう。

研修がなければ自腹を切り休日を一部潰して語学学校に通っていたと思います。それを考えると、本当にありがたい制度です。休みの日にわざわざ勉強しに行くのは辛いので自腹時代はよくサボっていたのですが、残業を抜けての研修だと不思議と足取りも軽くなるので、モチベーション維持にも良いですしね(研修も業務命令とはいえ、仕事をサボる快楽がモチベーションになるのは社会人としてどうかとは思うのですが)。夫の会社と比べると、余裕のある職場で良かったなぁと思っています。

人工知能と仕事

私の仕事は大量の書類を読むことです。どんなデータが欲しいか考えて、探して、並べて、足りないところを検討して、別のを探して…の繰り返しです。考えている時間よりも探している時間の方が多いです。また、対象となるデータも多く全ては調べられないので適当なところで見切りをつけなくてはならず、時々消化不良になります。調べ物は充実感もあって好きなのですが、その間何も考えてません。要するに仕事してる感だけあって実際は仕事してないよなー、なんて思ってしまうのです。

人工知能はこういった調べ物に強そうな印象があるので関心を持っています。ある程度曖昧な指示にも対応できるレベルのものが出来たら、人工知能に調べる作業は全部お任せして、実質的な仕事に集中できます。少なくとも人工知能は調査系の仕事には飛躍的な能率向上を齎してくれそうでわくわくしてます。

そんなことをベイマックスを観ながら考えていました。

子どもっぽい夫婦

iTUNESに動物映画特集があったので覗いてみたところ、大体全部観たことのある映画ばかりで愕然としました。趣味が幼すぎる…。

DVDを観るならまだしも、我が家は良い歳して映画館にまで足を運びます。『キャッツ&ドッグス〜地球最大の肉球大戦争〜』とかAVノリのB級感たっぷりの腰砕けなタイトルの映画を観るのに、です。なかなかに恥ずかしくて公には出来ない趣味ですね。

大体は夫がポスター等で見つけてきて、「観たい!観たい!」と騒ぎ出し、夫婦で予告編を観て、「これは良い!滾る!」と大騒ぎし、観た後はしばらくモノマネが夫婦間で流行しと、見るに堪えない有様になります。子どもいなくて良かったです…。