子どもを持ちたくない本当の理由

前日の記事を読んで、なぜこんなにも子どもを忌避するのか気づきました。

今まで様々な理由、育児に興味がない、お金がもったいない、仕事や趣味を中断したくない、遺伝子を残す意義を感じない…を挙げてきました。どれも本心ではあるものの、表層的な理由です。

私は、自分自身の子どもが嫌いなのです。それが産みたくない真の理由です。

なぜ嫌いかというと、「実子」で「金持ちの子ども」だからです。

1.実子

私は養親の元に、彼らの子どもが産まれるまで養子に出されていました。数年後、努力が実り彼らはついに子宝に恵まれました。役目を終えた私は生みの親の元へ戻りました。

養子に出された先では結構良くしてもらっていました。でも、それも彼らの実子が産まれるまでのことです。彼らは私を愛していたわけではなく、実子がいないからしょうがなく私を育てていたのです。

これまでの付き合いは何だったのだろうか、私達の間にあった親愛の情は偽物だったのだろうか、そんなことを思いました。世界が壊れたかと、当時はそのくらいのショックを受けました。

それ以来、血縁があるかどうかで態度を変える人間を私は憎んでいます。仲睦まじい家族を見ても、「もし血が繋がってないと分かったら態度が変わるんだろうな」と冷笑的に見るようになりました。血の繋がった親子が仲良くしていると寒気を覚えます。私はそんな親子の輪に、血が繋がっているかどうかで振る舞いを変えるような浅ましい人間の輪には加わりたくありません。

2.金持ちの子ども

実の両親は妙にケチですが裕福です。金持ちなので地価の高い場所に住み、当然裕福な子女の通う学校へ私を入れました。そして豊かな生活を維持するために、彼らの生活にかかわる部分以外の支出は徹底して削りました。

クラスメートがバーバリーナルミヤのブランド服を着ている中、私はほとんど服を買ってもらえませんでした。身につけているものといえば、母がどこからか貰い受けてきた洗剤メーカーの汚れ落ちテストに使ったシミのついた下着、近所の子どもの古着、スーパーのワゴンセール品。加えて、転校するたびに学用品を買い替えるのを無駄だと考えた両親は、以前の学校の体操着や制服で授業を受けさせました。指定のものを買うよう指導された時には事情を話して制服を借りなければいけませんでした。靴はこまめに買い替えてもすぐに履けなくなるからという理由で小さくなっても買い替えは許されず、足が痛み、変形しました。ブラジャーも、見た目のサイズは変わってないと買い替えてもらえず、合わないものを身につけていました。

みすぼらしかったのは服だけじゃなく、外見もでした。ある日お風呂から上がって鏡を見たら、肋骨が浮き出た腹をポッコリと膨らませた子どもが映っていました。教科書の図録で見たアフリカの子どもと一緒だ、と思いました。世界で二番目に豊かな国にいて私は飢えている、それって最貧国で飢えるよりずっと悲しいことじゃないのかと乾いた笑いが出ました。

携帯電話や流行りのものも買ってもらえず、友達の輪に加わることも難しい状況でした。発売されているゲーム機全てを持っている子、天井に届くほどトレーディングカードを積み上げている子、大量の本を買い与えられている子、周囲はお金持ちばかりでした。何も持っていない私は卑屈になるばかりでした。

塾にも行かせてもらえませんでした。そのくせ良い大学へ進学することを望む両親にブチ切れて、意趣返しとばかりに大学へは行かず就職活動をして家を出ました。

お金を遣うに値しない子どもとして扱われ、金持ちから嘲笑されながら育った私は、お金を異常に有難がる歪んだ大人に育ちました。当時クラスメートに覚えた劣等感は癒えていません。自身で稼いだわけでもない金で贅沢するような穀潰しは大嫌いです。

でも、私達夫婦は裕福です。子どもを作ったら、私が大嫌いな金持ちの子どもが生まれてしまいます。正直、虐待せずに育てる自信がありません。

 

私の子どもは、最大のコンプレックスを否応なく刺激してくるでしょう。辛かった記憶を少しずつ忘れていっているところなのに、子どもを見るたびに嫌な思い出が蘇ってくるなんて地獄のようです。心の平安のためには、今の生活を続けることが必要だと思いました。