私を見ていないときのあなた

私と一緒にいないときの夫を見るのが好きです。空港で別れた後、ゲートに向かって歩いている横顔や、たまたま同じセミナーに出席した時に、私に気づかず誰かと話しているときの顔、寝顔…。無表情だったり笑顔だったり色々ですが、どれも私に見せる表情とは全然違っていて新鮮です。もし彼と結婚していなければ、私に対してもあの表情で接するのだななんて妄想します。可笑しいような寂しいような変な気持ちです。

顔を合わせているときよりも、そうでないときの方がより夫を愛おしいと感じます。きっと無意識に別れの予行練習をしては夫の大切さを噛み締めているのでしょう。

大学では結婚している人が少ないせいか、よく夫婦間の愛情は続くのかどうか尋ねられます。希望を込めて、続くと答えることにしてます。結婚生活は良くしていこうと思えばどこまでだって良くなるものなんだと。こういった質問は恥ずかしいからというつまらない理由で茶化したくありません。

私の結婚は信仰に似ているなと時々思います。一度相手に嫌悪感を持ってしまうと、後から修正することがとても困難、というより殆ど不可能なのを知っているせいで、多少気にくわないことがあろうと悪感情は圧殺してしまいます。教えに多少おかしいところがあろうと全面的に信じる、否定するのではなくそういうもんなんだと丸ごと肯定してしまう、そうでないと心から愛することは難しいです。

私たちの結婚生活は傍目から見ると奇妙なようです。知ったことか、と思います。どんなに変でも夫に出会わない今日より、出会えた今日を選びたいです。