育てられたようにしか育てられない


娘が生まれて思ったこと

愛読しているブログのうちいくつかで取り上げられていたので、微笑ましく読みました。確かに育児は安くあげようと思えばあげられますね。経済的な理由で子どもを持たないと以前書きましたが、この例に従えば産めないという言い訳は通らなそうです。

ただ、子育てって頭で考えているよりお金がかかると思うんですよね。私が子どもを持つとしたら絶対に失敗したくなくて無駄にお金をかけまくると思います。夫婦共に高校大学大学院と欧米圏へ留学という超浪費家ルートを辿ったのもあって、それ以外の生き方がよく分からないのもあります。周りの人々も札束をフォアグラのごとくつぎ込まれて作られた”作品”ばかりです。

だからこそ、安く上がるのは知ってるけど、そういう風に育てて本当にだいじょーぶなのぉぉ?と疑問に思います。少なくとも収入という面ではフォアグラ人間の方が稼げる人材になる確率が高いので、最低限で良いとはなかなか割り切れません。

成人したら放り出して関係終了!というなら、いくらでも手を抜いて育てますが、成人してからも稼げなければ寄生してくるので、こちらに迷惑がかからない程度には仕上げないといけないですしね。でも仕上げるのに札束を積む以外の方法が分からないんです。本当に。

それに夫も私も不遇な子ども時代を過ごしており、かつ不幸が現在の自分を形作る原動力になったと自覚しているため、どうしても試練が人を強くするとか考え方がマッチョになりがちです。そんな私たちが育児をすれば、きっと不幸になるよう誘導しながら育てることになると思います。そんなの私たちも気が滅入るし、子どもは可哀想だしで良いことなさそうです。

個人によって子育ての予算は違うよという話でした。我が家の子育て予算は青天井です。払えません。