【映画感想】善き人

戦争映画が好きです。第二次世界大戦を扱ったものが特に好きなミリオタ豚野郎です。戦争が好きというと、何だか精神異常者のようでどうにも自らを卑下しなければ書き出せないのですが、まぁとにかく好きです。そんな私にiTunesは色々な戦争映画をオススメしてきてくれるのですが、今回観た「善き人」は、その中の一本です。

英独共同制作の長編ドラマで、ナチスドイツを扱ったものです。正確には映画ではありませんね。非常にマニアックです。説明不足なまま話が進むので、フォム・ラートと聞いて水晶の夜事件のことだと分かるような、年表が一通り頭に入っている人でないと少し辛いかもしれません。あとオタク的には「なぜドイツ人が英語を喋るんだー!ていうかどう見てもこいつらイギリス人じゃねーか!」という気持ち悪さを鑑賞中感じ続ける、かなり微妙な映画ではあります。けど、私は好きになりました。

これは、普通の人の映画です。普通の人がどのように戦争に協力し、現実に目をつぶってきたのかを、どれだけ無力だったのかを残酷なまでに描写しています。

主人公であるジョンは文学部で教鞭を執る大学教授で、精神病の妻、2人のやんちゃ盛りの子ども、痴呆症の母の面倒を一手に引き受ける忙しい日々を送っています。ユダヤ人の親友、モリスがいることも手伝ってかナチスには反感を抱いています。

ある日、教材にユダヤ的な小説を使っていたことを理由に彼の講義は中断を迫られます。一応は抗議するものの、クビをちらつかされてはどうにもなりません。家族を養わなければならないのですから。ジョンは授業を取りやめました。

現実から逃避するためか、ジョンは教鞭を執る傍ら小説を書いていました。不治の病に冒された妻を殺す夫の話ーそれがたまたまナチスの目に止まり、巨額の報酬と引き換えに安楽死を是認する論文を書くよう勧められます。彼は引き受けてしまいました。その論文が障害者の安楽死制度、更にはホロコーストの理論的裏付けに利用されることも知らずに。後にジョンは当該制度の関係者として精神病院を訪れることになりますが、そこで医師に「フィクションを元に論文を書いて、それが採用されたんですねぇ」と鼻で笑われるシーンがあります。正当性を担保する手段のあまりの無茶苦茶さに、かえってナチスの滑稽さが強調される良いシーンでした。

論文の執筆を引き受けたことで、相容れない価値観を持つナチスに協力することになってしまったジョンは自暴自棄になります。妻と離婚し、母を家政婦に預け、彼は教え子との不倫にのめりこみます。散々ためらっていた党員にもなってしまいました。

この教え子が頭空っぽで自分のことしか考えない上にナチスを手放しに称賛するヤな女なんですが、まーでもこれが当時の市民の姿だったんだよなぁと思うとあんまり責める気にもなれない、気持ち悪いキャラクターでした。見た目もブロンド碧眼のいかにも『アーリア人』で、ナチス将校となったジョンと結婚した当時の典型的な勝ち組だったんですよね。自分にとって有利な環境で何か物を考える、というのは難しいものです。

新しい妻を迎え、赤ん坊も産まれ、ユダヤ人富豪から接収した屋敷を与えられ、論文が評価されて党内・大学でも出世を果たしたジョン。一方で、親友のモリスの立場は悪化する一方でした。彼は第一次世界大戦でドイツ軍人として戦った愛国者です。ナチスは嫌いでも、なかなか祖国を捨てる決心はつきません。しかしユダヤ人に対する締め付けが厳しくなっていく状況下で、とうとう亡命する決心を固め、ナチス幹部であるジョンに手助けを頼みます。ジョンは我が身可愛さで断ってしまいます。

断った、とサラッと書きましたが、このあたりのジョン演じるヴィゴ・モーテンセンの演技が素晴らしいんですよね。信条を通したいし、親友を助けたいんだけど、ナチスに睨まれるのも怖い、優柔不断っぷりがとてもリアルです。全編通してジョンはフラフラしているのですが、この絶妙なフラフラさ加減が、「多少賢いとしても渦中にあって適切な判断を下せるわけじゃないし、正義を実行できるわけでもないんだな」という現実を教えてくれます。

この「適切な判断を下せない」というのはモリスにも当てはまるんですよね。彼はまず業務停止を命じられ、生計の途を失います。ジョンに他の国で仕事を探したら、と言われたモリスは断ってしまうんですね。次に亡命の手伝いを頼んだ時には、ジョンから正規の手続きを踏めと諭され、もとい断られてしまいます。この時、正規ルートだと財産が没収されてしまうから嫌だ!とあくまで非合法の手段に拘った、この判断ミスが彼の命を奪う結果になってしまったのです。史実を知っていると非常に歯がゆいシーンの数々ですが、答え合わせが出来ない彼らからすると判断できなくて当たり前なのです。だって、まさか何もしていないのにユダヤ人であるという理由で殺されるなんて考え付きもしないじゃないですか。私も答えのない現実を生きている身なので、いつ彼らのようにやらかしてしまうか考えると寒気がします。

戦争というとどうしても異常なものを感じてしまいがちですが、当時を生きていた人からすると私たちが生きているのと同じ日常だったんですよね。家庭や仕事を守るのに汲々とし、マズイなと感じつつも不都合なものには目を逸らす、それは私も無意識にやっていることです。

この映画にはオスカー・シンドラー杉原千畝も登場しません。とても歯切れの悪い話です。ジョンはナチスが間違っていることが分かっていましたが、モリスを救えませんでした。シンドラーと杉原氏はジョンと同じように疑問を持ち、ユダヤ人を救いました。正義の人とその他大勢を分けたものは、何だったのでしょう?

私はやっぱりお金を産み出す力があったかどうかに尽きると思いました。ジョンには仕事を失うわけにはいかない事情があり、それが彼の思うままに行動するための妨げとなりました。一方のシンドラーは企業家、仕事を創り出す立場の人です。廃業・失業なんて怖くなかったのだと思います。杉原氏はロシアの専門家でその知見は国内随一のものでした。クビになってもどこかにアテはあると考えたからこそ、正義を貫くことが出来たのでしょう。彼らの勇気を稼ぐ能力の有る無しという卑小なものに押し込めるのは不遜かもしれませんが、正義を行うにはそれだけの溜めが必要なのだと思います。

翻って、私はどうでしょう?どこでもやっていけるという確信は皆無です。今の仕事にしがみつくしか能がありません。でも、いつかはここから抜け出さなければ正義を行うことはおろか、私自身を助けることも出来なくなってしまうかもしれません。賢ぶるのも良いですが、実行力も身に付けないと危ういなということを再確認させてくれる良い映画でした。

脚本はイギリスらしい皮肉たっぷりなもので、これでもかこれでもかとウンザリさせてくれます。題名も奮ってますね。Good。これには邦題の『善き人』、善良な市民として振舞うジョンの態度を表す一方で、周りに迎合して「うん、うん(good, good)」と相槌を打っているうちに彼が人生において大切にしていた価値観や親友、家族を喪っていく姿も示しています。うーん、ブラック。